Lost all power supply

ここしばらく、仕事の告知的な事はFBでやっていて、自分のブログページに来る事もなかった。
前から、比較的長い文章を書けるブログで、ただただ仕事の告知をするのは、なんか違う感じで、でも自分のその時々の思いつきを、短くツイートできる気持ちも器用さもなく、その点FBはなぜだか何の遠慮もなく公演の集客に使えたりして、何だかいろいろ便利なわけです。
でも今日ちょっと思いついたので、久々に書いてみます。
3.11の後、世界を覆っていた黒く厚い雲が、何となく薄れて来たような気にさせられている今日この頃ですが、もちろんそんないい話は微塵も無く、そして原発の話はその事故が起きた時の災厄の大きさだけを話題にしていたのでは片手落ちな感じがしていて、それよりも、「今がもっとも大切で、今の充足の為には未来に負債を残していっても良し」という倫理観というか考え方が、大きな問題ではないのかというのは、前にも書きました。
事故が起きてその被害だけが問題なら、もちろんそれだけでも、永き未来に渡る大問題なわけだけれど、喉元過ぎれば何とかで、直接移住などさせられた人以外では、どうがんばっても問題意識は薄れていく。
事実、東電はいけしゃあしゃあと、国つまりは税金から追加の援助を引き出しつつ、社員にはボーナスを支給しているような状況。
それすら、「あれはひどいなぁ」と言いつつ、具体的にどうしたらいいか分からない人たちは(自分も含む)、内心怒っているだけで、いつの間にか眼を背けているわけです。
そうやって、そこにある事に眼をつぶって、無い物にしていくのは、直接自分に関わりないと思われる問題に対処する日本人の、スタンダードな対応に思える。
ならば、事故/犯罪対応だけに的を絞らず、どうしてこうなっちゃったんだろう、と嘆いてみる方が、少しは自分の身の内に反映されるので、その「どうしてみんな未来への責任を放棄しちゃうような、挟持の無い人になっちゃったんでしょう?」という事を考えようとしているわけですが、それに加えてもうひとつ、未来に関わる問題を思いつきました。
今頃何言ってんですか!と多くの人に怒られそうですが、いちおう考えをまとめる為に書いてみます。
福島の事故は、あり得ないと言われている「全電源喪失」が原因で起きたと言われています。津波の前の地震ですでにやられていたという説もありますが、とりあえずは津波が来て全電源が喪失したからと・・・
これは、まったくもって想定外だという事ですが、未来永劫想定外なんでしょうか?
そして、福島4号機にもプルサーマル用のMOX燃料が使用済み燃料プールに貯蔵されていますが、これも冷やし続けないと熱暴走して溶け出して、外に放射能をまき散らすわけですよね。しかも、普通の使用済み核燃料の冷却期間でも30年といわれているのに、MOX燃料はその10倍、300年は冷やし続けないと暴れだすといわれている。
つまり、今すぐ原発を停めても、それから30年、場所によっては300年は電気を使って冷やし続けないと、冷却水の循環が止まったら秒読みで、今の福島みたいな状況が間違いなく起こっていくわけですよね。
震災後、取って付けた応急措置として、津波の来ない高台に緊急用の発電機を設置して、これでもう大丈夫と言っている原発がありましたけど、その発電機だって燃料がないと役に立たない。
現代人は、電気が無ければ大半は死んでしまうかもしれないけれど、でも全滅ってことはないでしょう。だけど、全ての原発は、いま仮に全部停めたとしても、300年間は燃料なり太陽光なり風力なりで、ずーっと電力を供給しないと、貯蔵プール内の使用済み燃料が溶け出して、周辺から始まって風向きによってはその周囲の広範囲を、人が住めない場所にしてしまう。
考えてみれば、いまはそれなりにお金もあって、必要な分は石油買えば何とかなるわってなもんですが、仮に経済が悪化してそれもままならなくなって、いま送電を切ればどこかの病院で多数の人が死んでしまうという状況になっても、それでも病院より優先して廃炉にした原発に電力供給していかないと、国が亡んでしまうという状況になるわけです。
これは視点を変えると、とっても簡単に国を滅ぼす事もできる。
日本なんか無くなっちゃえばいいのにと思ってる人がいたとしたら、こんなにいっぱいターゲットがあるのは楽ですよね。しかも、施設をぶっ壊さなくても、電力さえ断てばそのうち勝手に崩壊してくれる。簡単に脅せる。電力線と燃料の供給源さえ断てばいいんだから。
それを考えると、まだある程度国の信用があるうちに、他国に比べて経済がそれほど崩壊していないうちに、一刻も早く弱みは無くしていった方が懸命だと思うのですが、どうでしょう。
プルトニウムでそのうち核兵器が作れても、その肝心の守ろうという国の身の内に、動脈瘤みたいな場所が54カ所もあったら、そのモニターと治療費だけでも、将来予算を確保して支払い続けられるかどうか怪しいもんです。しかも、保険もきかない上に、長い場合は今から治療にかかっても300年かかる。それは迷ってる場合ではなくて、今すぐ取りかからないと。
迷ってるフリをしているのは、300年後なんて知ったこっちゃないやい、というヒトデナシばかりで、それこそが挟持を無くした、未来に責任を持たないゾンビなんだと思います。
何とかしなくちゃ。

Nuclear power plant restart

責任の取れないことはするな!と教えられた。
自分の事だけ考えて、周りの見えない人にはなるなと、育てられた。
責任転化になるかもしれないが、この地震だらけの日本に54基もの原発が出来るのを認めたのは、国というシステムを信頼していたからだ。
まさか「偉い人」が、ゴミ捨て場も決まっていないのに、どんどんゴミを作るはずがないだろう。
しかも、そのゴミが、いまの自分たちでは無力化できない=責任の取れない猛毒のはずがないだろう。
まさか施設自体が、「電気が来ない」だけで、爆発して地球全体に毒をまき散らすような浅はかな作りじゃないだろうと、人の「あたりまえ」を信じていたからだ。
電気が来ない/作れない事態なんて、いくらでも想像できる。
天災だってテロだって、いやもっと緩やかに、経済が落ち込んで燃料確保が難しくなり、ウランだって底が知れてる資源で輸入品なんだから、それらが買えなくなる日がいずれ来たって驚かない。
そんな事態が決して来ません(もう既に一度来たが)という前提でないと成立せず、電気がなかったら溶け出して爆発して、人が広範囲にに渡って被害を被るものを、いま必要だからって動かしていいだなんて、そんなに無責任でいいのか?
絶対起こりえません!と、強弁していた事態が起こりえた事の、論理的な過ちは是正されたのか?
自分に都合の良い事ばっかり信じていたっていう、自己中の甘さは自覚できたのか?
今回より数メートル高い津波にも対応できるようにしても、次は今までにない暴風雨かもしれない。もっと大きい地震かも、産油国のストかも、遠い国の戦争かも、いち職員の凡ミスかも・・・電気という人工的なものが、来ない/作れない可能性なんて、ぜったいゼロに出来ない。
まさかそんないい加減な事を前提にするなんて、ちゃんとした大人はしてはいけないと、そういうふうに自覚してこの世界に加わる事が、最低限の参入条件じゃないのか?
あたりまえで当然の「人の基本」として、僕はそう教えられたぞ!

SeeingRed 2012

去年に引き続き、「赤を見る/Seeing Red」 ver.β、横浜のハンマーヘッドスタジオ_新・港区にて、滞在制作と公演を行います。今年は、サウンドディレクターとして大谷能生さんを迎え、チョン ヨンドゥ(振付・出演)、川口隆夫・平井優子(出演)、古館健・神田竜(テクニカルプログラミング)、飯名尚人(映像)と、去年と変わらぬベストメンバー。
ようやくフライヤーができたので、ここに公開。
みなさま、年末の慌ただしい時期ですが、ぜひぜひ目撃しに来て下さい。
「SeeingRed_2012K.pdf」をダウンロード