Cindy Sheehan

Cindy Sheehan.
結構ニュース番組が好きで,朝も昼も夜も,仕事の合間に時間が空けばテレビをつけるが,なぜだかまだ日本のニュースでは聞かない名前だ.
イラク戦争で息子を亡くした彼女は,ブッシュが今休暇を過ごしているテキサスの牧場の近くで,ブッシュにイラク戦争に対する釈明を求めて,座り込みを続けている.そして,その彼女の行動が話題になり,全米から賛同者や,ライフルを空に向けてぶっ放して彼女らを脅す,ブッシュ擁護派が集まってきている.
そのことがアメリカのマスコミには,結構な話題になっているらしい.要するに,ここに来てやっと,アメリカでもイラク戦争反対に声を上げる人に,マスコミがバッシングではなく,通常の報道をするようになったらしいということ.
彼女が引き金となって,反戦運動が広がっているという話しもある.
日本語での詳しい情報は,
http://hiddennews.cocolog-nifty.com/gloomynews/
911の衝撃で対人恐怖症状態になっていたアメリカが,ようやく普通の思考に戻り始めたのか,それともほんの小さな灯火もしくは亀裂を,一部のメディアが大きな希望のように煽っているのか,日本からネット経由で見ている限りではよく分からないけれど,座り込み自体は事実だろう.
「小泉の放った刺客」というトピックは確かに面白いけれど,シンディ・シャーハンの「シ」の時も出てこないのは,やはり何か日本のマスコミに,バイアスがかかっている気がする.

NW

Chapelhill
Northwest航空では,ついに国際線でもアルコール類が有料化されていた.しかも,ビールでもワインでも何でも一律5ドル.缶ビールの350ml一本5ドルはぼり過ぎでない?
前夜の無理が祟って,エコノミー座席で爆睡.目覚めてもしばらく身体が固まって動かず,首や肩がガチガチに.
関空の出発が,機体のトラブルで2時間遅れ,当然乗り継ぎは逃し,一便遅れて着いたノースキャロライナの空港では,今度は空港側の機材の故障で着陸後30分ほど機内に缶詰め.大丈夫か,アメリカの航空業界?
日曜に飛んだので,現地との連絡も思うようにとれず(メールはおろか携帯も繋がらない),迎えのタクシーは当然もう待っているはずもなく,自分で捉まえたタクシーでたどり着いたのは,世界の果てのようなHoliday Inn, Chapel Hill.
ネットだけは,各部屋に無料の無線がバンバン飛んでて快調なので,さっそくGoogleEarthで現在位置を見てみるが,これがもう周りにあるのは森と道路とコンビニ.Chapel Hillの街に行くのも,車が必要な模様.
今日は,旅の疲れから回復するrecover day なので,街を散歩しようかと思っていたけど,それも億劫に.
自宅の旧iBookにやっとiSightが付いたので,Skypeでビデオ電話.時差がちょうどいい感じで,こっちの朝7時に繋げると,日本は夜9時.子供が寝る前に,顔を見て話が出来る.
しかし,こういう技術とサービスが現実のものになってるなんて,やっぱり凄いなぁ(しかもタダ).今居るような広大な田舎があるからこそ,アメリカでこういう技術が発達していくのかしらん.で,日本でも,マンションの隣の部屋が,一生訪れないような遠い場所になって行くと.まあ,ネットのせいで,日本で近所付き合いがなくなって行っているわけではないが...
Chapel Hillどこか分かるかな.

About mail

11月17日:素晴らしい,秋晴れ.
昨夜,Chapel HillでのEaさんの初日が無事に明けた.
まだまだ照明的には納得できない所もあるが,とにかく大きな支障はなく公演できて,ひとまずほっとしている.
この作品とのつきあいも,もう1年を超えるし,作品の立ち上げから関わっているので,かなり内容が頭に入っていて,何とかオペレーションができた感じ.
もともと僕の担当だったLEDのキュー数が80くらいあって,新たに通常の劇場照明のキューがこれまた70CUEくらい加わって,全部で150弱のきっかけがある.他の人の仕事を知らないので,はっきりとは言えないが,これはたぶん70分くらいのパフォーマンスにしては,かなり多いんじゃないかな.
もっとも,Refined Colorsは,全体の2/3くらいがタイムコードで同期して走っているので,シーンによってはもっとキュー数が多い.
MAXでテクストとして書き出した時間を,そのままLIDDELLに読み込んでキューを書いたりできるので,最初にいろいろ試していた時には,4分ぐらいのシーンで2000キュー以上になった事もある.まあこれなんかは,パチパチ鳴る音,いち音いち音に光の点滅を割り振ったりしていたんだけど,結局あまり多過ぎるとかえって分からなくなるので,いまはかなり減った.
でも,話は戻るが,昨夜の公演は,すべてのキューを手で操作しているので,きっかけを覚えるだけで一苦労.
それでも,とにかく覚えてしまえば,こっちのもんである.
ところで,どうもアメリカに入って以来,メールが送信できていないようである.別に跳ね返ってくるわけではないので最初は分からなかったのだが,日が経つにつれて,返事が来ないのを訝った電話が携帯にかかってくるようになり,それで判明.こっちも,メールを送ったのに一向に返信がないのでいらだっていたりしたのだが,どうもどのメールも送り先には届いていない模様.
スカイプは繋がるし,こうやってブログの更新などもできるのだが...
僕のメールサーバーの問題かとも思ったのだが,一緒に来ている他のテクニカルも,別のサーバーを使っているのに同じように送れていないとの事.困った!
とにかく,ここにいる限りにっちもさっちもいかないので,帰国したらすぐ再送します.もし僕から何か返信があるはずなのに,何も届いていない方がいれば,その旨メール下さい.おそらく受信は全部できていると思うので,帰国したら返信します.
明日には,日本に向かうので,今日がChapel Hillでの最終日.
聞く所によると,この街のほとんどを占めるUNC(ノースキャロライナ大学)は,アメリカ最古の公立大学らしい.他にももっと古い大学はありそうなもんだが,ハーバードとかそういう僕でも名前を知っている所は,皆プライベートスクールだとの事.
しかしまあ,何でこんな田舎にと思っていたら,この辺り一帯は,アメリカいちの煙草と綿製品の産地らしい.特にアメリカの煙草メーカーのほとんどは,ここに拠点があるとの事.なんともまあ,のほほんとして牧歌的に見えるが,その氏素性は奴隷制バリバリの白人ご都合主義の産物だったわけで,そこにこの国初の公立大学ができたと.
町自体が大学で,たいていの大学街がそうであるように,今は白や黒や黄色やいろんな色の目や髪の人々が,誰に遠慮もなく闊歩しているし,中にいる限り快適だが,この州の他の地域はどうなんだろう?
そして当然ながら,ノースキャロライナは圧倒的に共和党支持らしい(また聞きです,違ったらごめん).バーなどでも,ちょっと耳を澄ますと,ブッシュがどうした,とかの会話が聞こえてくる.まともには聞き取れないので,雰囲気だけの解釈だけど,今回の民主党の躍進で,共和党内でもかなりブッシュ批判は高まっているんだろう.
でも,思うんだけど,共和党が攻撃的で民主党が平和的かというと,そういうことではないだろうという気がする.
もちろんブッシュのいかれた原理キリスト教的倫理観や好戦性は最低だが,彼はたぶん単純でアホなだけだ.で,何でそんな人が現職の大統領になれたのか,しかも2選目だ,というほうが問題で,そういうのもたぶん共和党だからという答えではないんだと思う.
ああもちろん,そんなアメリカの事に茶々入れてるうちに,日本も同じように酷い事になってるようで,いつまでもご主人様のアメリカに尻尾振って付いて行こうとしていると,そのうちぽいっと道端に捨てられそうな状況である.そういえば,安倍さんって,何となく捨て犬が似合いそうな顔.

Philadelphia

Sun_dawn
今日は家族と,鞍馬から貴船に歩いて,その後また叡電で鞍馬に戻り温泉に浸かり,汗を流したあとは駅近くのオーガニック・ティーハウスでくつろぐ.4歳に近づく娘は,鞍馬から貴船までの山道を,歩き通した.父ちゃんがいない間も,成長しちょります.母子でがんばってるわけですな.
久々の山歩きは,鈍った身体には足がガクガクするほどで,その間に汗をかいた後に温泉でぶわーっと流して,ようやく身体がいつもの状態に戻り始めた感じ.
8月初めからの日々は,楽しく面白く,その分特殊で忙しく目が回るような時間だった.
まずは,砂さんのソロで,デスクワーク中心だった今年前半の僕の身体を舞台寄りに調整.
その後3週間は,YCAMでどっぷりクリエーション.自分の選んだクリエーションメンバーで,いちから舞台作品を作り上げるなんて,一生にそう何度でもあるもんじゃないと思っているので,日々その時間を堪能.自分の能力では手も出せないようなイメージが,何人かの手を経て,思いもよらない形で舞台上に現出するのは,何ものにもかえ難いほど面白い.
その結果,なんとか「true」というパフォーマンスは人前に出せて,これから更新していける感じになった.
と,ここまでは良かったんだけど,その後が大変.
思ったように身体が動かない,というのとはちょっと違う気もするけれど,何だかねジイサンになったということでしょうか...
true公演翌日に,長らくお世話になったYCAM_StudioBに別れを告げて,公演を観に来てくれた家族と京都に戻り,自宅に一泊.翌日朝に関空に向かい,昼の便でDetroitからPhiladelphiaへ飛ぶ.EaさんのDrought and Rain Vol.2@Temple University Live Arts festivalのため.
http://www.livearts-fringe.org/2007/details.cfm?id=1098
アメリカね,どうも大変なんですよ.水があわないというか,たぶん時差がきついせいか...でも今回は,そんなレベルじゃなくて,僕の怠惰というか反応の遅さで大変な目に遭いました.おかしな事が起こった時に,その原因を探り当てて対処していくのが,何事につけプロフェッショナルに求められる能力だと思うのですが,そういう力が疲労からか思った以上に減衰していました.
すいません,Eaさん.(Philadelphiaでの惨状は,忘れないためにも後日レポート予定.)
それでまあ,最後まで時差ボケと数々のアクシデントに四苦八苦しながらも,優に予想の2倍はあるハンバーガやオムレツやフレンチポテトなどを朝に昼に夜中に喰らいながら,青息吐息でEa Sola公演@Philadelphiaを終了.10日の昼前に現地を出て,11日の夜に関空に着くという,どう考えても半日くらい損したようないつもの時差マジックを体験しつつ帰国.
帰国からほぼ一週間経つけれど,ようやく自分の体の現状を認識できてきた感じ.かなり疲れていたようです.
頭では,「疲れてる」と思ってたんですが,それがどの程度か鞍馬で実感しました.つまりは回復のきざしか.
それでようやく,日常に戻ってきた感じ.
写真は,時差ボケの証というか,ホテルから見た朝焼け.朝でも夕でも普通は見ないです.寝てるか劇場で仕事してるもの.

Reconsideration

日記をつけなくなって久しいが,どうも咽に引っ掛かった小骨のようになっていたのがこれ,悪夢のPhiladelphia.
あれからどうも,いつまでたっても完全には疲れが抜けず,それが原因でか怒りっぽい.いかんなぁ.
Philadelphiaでおかしくなったのは,LED照明.疲れてくると,何がいけないといって根気がなくなる.あの時は,一見最初はうまく行きそうだったのが,余計問題を大きくした.
公演する劇場は,それなりに小奇麗だったのだが,見かけよりは古い所で,実は照明機材の電源ディマーなどが,一昔も二昔も古いものだった.それがわかったのは仕込み初日の昼頃で,現場スタッフが僕の持ち込んだ照明卓で劇場のディマーを動かすのに四苦八苦しだした.
Eaさんの公演では,僕は1台のPC照明ソフトで,劇場ディマーとLED照明の両方を,一緒にコントロールしている.この一緒にというのが曲者で,今まではなかったのだがトラブルの元になりそうな感じはいつもしていた.それで,スプリッターで信号を最初に分けて,LEDヘは直接ケーブルを引いて信号を送るようにしていたのだが,あの時はそれが確実にできているか確認しなかった.口では現場のスタッフに言ったし,彼らはOKだといったのだが,それは劇場既存の設備を使っているいわばブラックボックスの中の事で,僕は彼らの出来ている(はずだ)という言葉を鵜呑みにして,そのままほっておいてしまった.
いやぁ,「できてる」というのを検証して,少しでも怪しいと全部やり直してもらうというのは,機材や時間的に可能でもなかなかオーダーする方にも気力が必要なんです.
加えて,電源もディーマーを通っていない直電源をリクエストしているのだが,確かにそうかどうかを確認しなかった.
それで,点いたんですよLED,最初はなんとか.ちょっとおかしな事はあったんだけど,公演に支障があるほどでもなく,調整すれば何とかできるでしょうという感じで.
その後まず最初の問題が持ち上がったのだが,それはLEDじゃなくて,僕のプランニングミス.
ある照明機材が,その劇場にはいっぱいあって,僕の使いたい機材はあまりなかった.普段なら,当然欲しい機材を借りてもらうのだが,ちょうどそのプランニングを数カ月前にしていた時に,それと並行して,床に敷くダンスマットの交渉も行っていた.それでその時フェイスティバル側が,結構無理をして新しいダンスマットをこの公演のために買ってくれたんですよ.それでね,つい弱気になった僕は,劇場がいっぱい持っている照明機材でも,ちょっと工夫すれば,何とか使えるんじゃないかなぁと,思ってしまったのでした.それで,少しはフェスの予算も助かるし,あとは僕がちょっと時間をかければ何とか調整できるんじゃないかと...
それがまあ,大失敗.どうにもこうにも,一番よく使う地明かりがきれいに作れない.その調整に時間がかかり,なおかつ久々の公演なので少しきっかけを忘れていて,しかも予算の問題かこの公演からダンサーが3人減っていて,もともとあったきっかけがちょくちょく変更されている.
なので,もうリハが始まる前からバタバタで,そんな中,もともとあまり調子の良くなかった機材が異常を起こす.
その機材,自分がフルフル点滅し出すと,その影響がアドレスの近い他の機材にも及ぶ,かなり深刻な問題を抱えていた.でも,何台か予備を持っていて,調子が悪くなると別の機材に差し替えてこれまで使ってきて,何とかその場をしのいできていた.それに,問題が起こる頻度も,ごく少ないものだったし...
今から思うと,その時にまずデーターにノイズが乗っている可能性を疑うべきだったんだけど,僕は短絡的に,また調子の悪い機材が問題を起こしたと,決めつけてしまった.
それで,やむなくその機材をカットして,何とかその公演を終わる.
翌日,照明のフォーカスなどは既に済んでいて,とにかく一度公演もできているし,きっかけも思い出したしで,本番の数時間前に劇場にはいる.電源を入れて,点灯チェックも済まして,PC上のキューの整理などしている時に,突如4台のLEDが繋がっているデータトランスが動かなくなる.つまりその4台は消えてしまって,うんともすんとも動かなくなる.機材を降ろして見ても,何もわからない.仕方がないので,何とか残りのトランスにその4台のうち2台を繋げるように配線をし直して,両端の2台をカット.
おそらくいつもなら,この時点で僕はシグナルケーブルを直接引き直し,電源も取り直していると思うのだが,フェスティバル中の公演2日目で,他の仕込みにとられてほとんどスタッフがいず,開演も近いという事でその指示を出すのを躊躇う.
そうこうするうちに,今度は別のバトンに吊ったLEDのデータトランスも壊れて,かなり僕はパニック状態.
何とか配線を変えて,前後のバトン各2台ずつLEDをカットして,15分ほど開場を遅らせてそのまま公演になだれ込む.
そして何とか終了.それが,土曜日だったのですね.
つまり,LEDの代理店を探して,代替え機材を借りようにも,何処とも連絡が取れない.翌日の日曜日にできる事といったら,電源の引き回しを変える事ぐらい.機材の追加も人の追加もそれからでは難しく,公演は翌日の最終公演を残すのみ.
そこで僕は折れてしまって,Eaさんの,「今日と同じできなら何とかお客さんに見せられる,大丈夫」という言葉を受けて,現状維持で公演する事にしてしまった.もうこれ以上は,悪くはならないだろうと,ある種の希望を持って.
そして最終日.
いちおう早い目に劇場入りして,LEDのチェックをするが,ちゃんと点灯する.ただ,あまり長く点けていると,何だか機材が弱りそうで,怖くてそれほど念入りなチェックができない.なにせあと,本公演の1時間強もってくれれば,とにかく今はOKなのだ.それで,まずは電源を引き直して,あとは時々チェックをするだけで,本番に臨む.
でも,今から思うと,LEDの点灯チェックはしたが,劇場ディマーと併用してのキューのチェックはしていない.とにかく,何かあっても公演を中止にする以外に手は無く,何といってもいまは点灯はするのだ.
そして始まった最終公演.LED照明と並行して劇場ディマーが動き出すと,いきなり全てのLEDが制御不能になって点滅しだした.とにかく最初から,いっきなり.
その日電源を引き直したのには,2つの目的があって,まずきれいな直電源にして問題を回避しようという目的と,あと最終手段として,何かおかしくなったら,舞台袖でLEDの電源を直接切れるようにしておいて,最悪の事態に備えるという考え.
そして,その公演の間中,袖にいる舞監が,僕の指示でLEDのON/OFFを繰り返しました.劇場の照明は何とか動くし,LEDも色の変化などは制御できる.ただ,全体に激しく点滅し安定する事がない.なので,できるだけ通常照明でしのぎ,LEDしか使っていない場面は,真っ暗にするわけにはいかないので,いきなりビカビカ光るLEDが点灯し,それらしいきっかけでカットアウトの繰り返し.
いやもう,寿命が縮んだ縮んだ.
しかし,観客はそれでも拍手するのですね.まあ初めて観てしかも一回しか観ないんだから,何かがおかしいかどうかは,よほどの事がないとわからない.
しかし,こちらとしては,とんでもないものを見せてしまったと...まず何よりも,Eaさんとダンサーたちに申し訳ない.
そして,半べそかきながら撤去.
その後,日本に持ち帰った機材は全てメーカーでチェックしてもらったのだが,結果メーカでは異常なく動いている.こういうのが一番怖くて,たぶん何かが弱っていて,例えば通常100のノイズに耐えられるものが,10程度でもうおかしくなるとしても,ノイズの無い綺麗な環境ではわからない.でも,安心して使えないから,極めて精神衛生上悪い.何だか,疲れがまたどっと...
でも,さいわいメーカーがとても協力的で理解が有るので,何とかいま予定されている公演に支障が無いようには
機材を貸してくれそう.
あと,泣きっ面に蜂というか,帰ってしばらくしたら,Philadelphiaの宿泊費の請求が僕のカードに来た.チェックアウトの時は,フェスが払うから精算はないと,受け付けのスタッフが言って,僕は支払いのサインも何もしていないのにである.いい加減過ぎるぞ,Sheraton Hotels Philadelphia.アメリカ側に文句を言ったら,フェスがホテルにクレームを付けて何とかしたとの事だが,何だかフェス側にも非がありそうな...しかもその金額はいったん引き落とされて,いまだ戻ってこないし,もうトホホな状態である.
しかし,そんなこと言っていても時間は進む.
茅野市でのlost初演と,Refined Colors公演とワークショップを楽しく終えて,スパイラルでの公演も無事終了.
観に来て頂いた皆さん,本当にありがとうございました.
機材もまあ何とかなった事だし,次はtrueの機材をYCAMでパッキング.夏以来,やり逃げ状態ですいません.次に向けて,いよいよ本格始動.
そしてそして,11月初めは松本市でのRefined Colors公演とワークショップ.その後続いて,ベトナムのハノイとタイのチェンマイで公演.
そして帰って,12月には金沢と横浜でtrueの公演が待っていて,その後1月初めからは,Eaさんのアメリカ長期一ヶ月7ヶ所ツアー!
がんばるぞ!ガンバリマスよ.続けていられるだけでも,幸運なのだ.
29日の月曜は悌二の命日.11年経ったよ.いまだにこうやって舞台関係の仕事が出来て,自分で作品も創れるという事に,文句なんていってられない.

Dartmouth/Moore Theater

Dartmouth_01Dartmouth_02
1月7日に出発して,Eaさんのツアーでアメリカへ.東海岸のNYよりだいぶ北,Hanover周辺のDartmouth Collegeというところにいるのだが,とっても田舎.何でアメリカの大学は,何処もここも街から隔絶されたところにあるのだろう.それとも,このツアーが,そういう所ばかりを廻っているのか?
7日に飛んで日付変更線を越えて,日本を発った時とほぼ変わらぬ時刻にSan Franciscoに着くが,そこで乗り換えたBoston行きが遅れに遅れる.最初は計器の故障とかで,いったん滑走路まで出たもののもとの駐機場に戻り,スイッチのユニットを交換,それで3時間ぐらい遅れたのだが,それでもなんだかおかしかったようで,機体を変えるためいったん乗客全員が移動.新しい機体が用意できて,ぞろぞろ隣のゲートに移動し,乗り込んだまでは良かったものの,そこでもまた待ちぼうけ.
いよいよ機内がざわついてきたら,何だか怒ったような機長(女性)のアナウンス.確実に聞き取れたわけではないけれど,既にかなりの時間が経過しているので,このまま飛ぶと乗務員の労働時間が超過になって,服務規程違反でえらい罰金を払わなければいけない可能性があるので,客室乗務員を入れ替えるとか何とか...当の乗務員は乗務員で,「私達ゃまだ何にも仕事してないし...」と,降りたくもなさそう.それでなんだか仲間割れというか乗務員同士で討論していて,それに乗客も加わって...でもみんな怒るというよりかは苦笑いしながら話していて,慣れているのかな?
そうこうするうちに,ようやく入れ替えも済んで,遂に6時間遅れで機体は空へ.
西から東へ飛ぶという事は,時間が進むという事で,Boston到着は現地時間午前3時!しかも,劇場のあるDartmouth Collegeは,空港からタクシーで3時間!!!この朝9時からは仕込み開始である.なんでしょね,Eaさんが悪いわけではないけれど,アメリカがあわないのかな...僕に.それとも他の誰かに.
それでも,一番心配だった空港タクシーのドライバーさんは,午前3時でもバッゲージクレーム出口で僕たちを待っていてくれた.22時半から,空港で待機していてくれたとか.ありがとう.
そして,予定時間を30分短縮して,朝5時半にはホテルに到着.幸いにも,劇場はホテルのすぐ横,歩いて3分.
シャワーを浴びて1時間半ほど仮眠して,ちゃんと朝ご飯を食べて,仕込み初日に挑んだのでした.
写真は,ホテル周辺.いやぁ,寒いの何の...

Cold weather

Cold_wave_1_2Cold_wave_2Warm_room_2
Dartmouth/Moore Theaterでの仕込みと公演は,眠気との戦いながらも無事終了.2日仕込みの1日(1回)公演.何だかやっとセットして,すぐにバラシ.まあ,この規模の大学で,2回公演は集客が大変なんだろう.バルコニーをあわせて600席程度の客席は,ほぼ埋まっていた事だし.
その後2日間のオフ.居心地のいいホテルに籠もって,これからの公演地の最終図面を描いてメールで打ち合わせ.
この昨日と一昨日のオフは,良く晴れたわりと穏やかな天候だったのに,シアトルへの移動日だった今日は一転して大吹雪.昨日の夜中には,寒波到来のニュースと共に,乗るはずだったフライトがキャンセルに.そして,朝起きたらもう窓の外は真っ白.
おかげで,今日一日は飛行機は飛ばないという事で,とりあえずBostonの空港近くのホテルに移動.明日朝5時半のフライトに間に合うために,早朝3時半ロビー集合.何だかつくづく仕込み初日が大変な感じ.それも実際に,明日になってみないと,シアトルまでたどり着けるのやらどうやら...でも,少し余裕の2日間仕込みだし,詳細な図面も送ってあるので,なんとかなるでしょう.それよりも,いま手持ちで動いているLED機材が,無事に乗り換えの混乱などをくぐり抜けてシアトルにたどり着けるのやらどうやら.....
さあ,もう寝よう.

Domestic time zone

アメリカの東の端から西の端へ.しかし北方にいる事は変わらず,ここSeattleも寒い.
Seattleちゅうのは,Washington州なんですね.で,公演する劇場のあるのがWashington大学内.それで,Boston空港で荷物超過でもめつつ何とか乗り込んだ飛行機が最初に向かったのが,Washington.D.C.
アメリカの両端に,同じ名前の所があるのは,混乱を招かないのか?
しかも,落とし穴のように待っていたのが,東と西の時差3時間.
朝3時に起きて3時半にロビー集合,ホテルのシャトルをピストン運転してもらって,莫大な荷物と18人のメンバーが空港へ向かい,やっとの事で飛行機に乗り込みWashington(D.C.)へ.その時点で朝8時前だったのに,乗り換えてSeattleへ向かうにつれて,時間が逆行.WashingtonからSeattleまで5時間程かな,結構嫌になるくらい飛行機に乗って,たどり着いたらそこはまだ午前11時前.
おんなじ国で,時差3時間ってどうよ.
仕込み当日に移動になったテクニカルの自分としては,ラッキーって事なんですが,朝3時に起きたと身としてはどうだか...しかも,到着が1日遅れて作業が遅れたからか,劇場スタッフはサポート体制万々で,今日は23時まで働いていいという.いや,ありがたい事です.
で,遅れを取り戻すくらい思いっきり仕事が進んで,確かにとても助かったのですが,数えてみればもう24時間は起きてるわけですね.
20代や30代の若者じゃないんだから,もうそろそろこういうのは遠慮しないと...何だかうまく騙されて,徹夜しちゃったわけかな?明日になってもこの身が,同じように働けますように.