Baba San

Snow
シンガポールにいる間に,友人が急逝してしまった.
大学の後輩で,バイト仲間だった.
たぶん僕は,最初に彼に会った時を覚えていて,それは大阪近郊で遊園地や公園の遊具なんかを作っている会社のバイトで,バレーボール部の別の後輩に連れられて,彼は颯爽とやって来たのだった.
バイトに来るのに,颯爽ともないもんだが,コート何か長衣を着ていてその裾を翻し,一癖ありそうな眼光の鋭さが彼の長身と相まって,3年ほども後輩ながらちょっと気圧されそうに感じて,その第一印象が忘れ難いのだと思う.
その後,その一癖ありそうな面持ちには決して微塵の悪意も無く,少々性格は屈折していつつも,おおらかな彼の人柄も分かってきた.
そしてなぜだか彼は,僕の渡り歩いた数々のバイトに,いつも付き合ってくれていろいろ助けてくれたのでした.
夏になると,今はもう無くなってしまった比叡山山頂のお化け屋敷で,夏休み中「オバケ」をやり,春と秋は宮川町の歌舞連場で,舞台袖や綱場に付いて「黒子」になった.その間に,古典的な舞台の裏方の仕事をちょっと噛って,フリーの大道具さんみたいな事もずいぶんやった.
その頃は,まだバイトの手配で小銭を稼ぐような時世じゃなくて,舞台大道具の会社との付き合いから,義理を感じて僕は学生バイトの人足頭みたいな事をしていて,それが,大学を卒業してあまり僕が現役学生と付き合いがなくなってからは,その仕事もばばさんが引き継いでくれた.
その後,たまたま借りたアトリエ(もと剣道場)の大家さんが,木屋町の端っこのバーのオーナーで,ひょんな事からその店を任される事になった.ダムのメンバー数人を含めた芸大生ばかりで,バーのイロハも知らずにやり始めたその店は,サントリーのホワイトと角瓶が並び,店の真ん中にでんとジュークボックスがある,とても京都らしい古いバーで,中を知らない一見さんの客は,とても怖くて入り口の戸を開けられないような所で,ものすごく古い話だけど「赤頭巾ちゃん気をつけて」シリーズの「葦舟」みたいな場所だった.
店番をしながら酔っぱらい,関係者といってはただ酒を呑み,コンパが有ると夜を明かし,帰るのが邪魔臭くなると転がり込み,毎日のようにその木屋町御池近くの店に屯っていた.たぶんまだそのバーはあって,今も学生上がりと関係者が共同経営していると思う.
ダムが頻繁にツアーに出るようになり,とてもバーの店番まで手が回らなくなった時に,跡を引き継いでくれたのも,ばばさんだった.
おそらく日本で初めてだっただろう,定期的なドラァッヴ・パーティにも,彼は最初から参加して踊りまくり,長身の女装でガハハと笑い,およそ面白そうな気配のある所には,何処にでもまめに顔を出していた.
まだハローウィンにそれほど馴染みがない時に,グリーナウェイの映画に出てくるシャム双生児の衣装をしつらえて,木屋町通をばばさんと僕と二人三脚で闊歩した.
彼は,僕なんか及びもつかないような,秀逸なデザインセンスを持っていて,大学を出た後はさぞ派手に活躍するかと思いきや,ずいぶん地味な職場を選び,僕は内心そのことにちょっと戸惑ったりしていたのだが,彼はそんなことは何処吹く風の涼しい顔で,毎日を楽しんでいるみたいだった.
まるで村上春樹の料理やマラソンの記述みたいに,毎日きっちりと仕事のノルマをこなし,日に平均一本以上の映画を観て,興味の赴くままに様々な本を読み,お気に入りのバーやカフェで談笑し,クラブで音楽に浸り,自転車を愛した.
mixiに日記を書くようになってからは,ほぼ毎日更新でその日に見た映画評をものして,僕がたまに映画館に行く際の指針になってくれた.
まるで,享楽的な仙人みたいだった.知識をため込む事や,偉そうにひけらかす事には,何の欲望も感じていなかったんだと思う.ただただ純粋に自分が楽しみ,人を楽しませ...
ギスギスした現実も十分に知りながら,それでもユーモアを手に,それに立ち向かえるヒトでした.
45年間,最後まで前向きに楽しめたでしょうか.
僕は,一度しか見舞いに行けなかったけど,その時「ベニスに死す」を音読していた,ばばさんの声は忘れません.
余談:
しかし,一昨年の6月にシンガポールで公演中には,父親が逝った.今年は,劇場こそ違え,ばばさんが...
まわりに,その人を共通に知る者がいないと,死の報告は難しい.
僕が,それを聞く立場だと,やはり困ってしまうだろう.雨が降るように,ヒトは死ぬ.死は日常でも,知人の死は特別だ.
true@シンガポール公演は,好評(おそらく)のうちに終了.
写真は,テスト映像の映る舞台.こういうシーンは,今のところありません.

One Reply to “Baba San”

  1. とても良い話しをありがとうございます。
    またいろいろと思い出すことが出来ました。
    なんだか少しだけすっきりしたような気がします。

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